この城について
日本三大水城の一つ(高松・今治と並ぶ)。天正16年(1588)、黒田官兵衛(如水)が築城開始。後に細川忠興が大改修。「黒田官兵衛の九州本拠」として、城マニア・歴史ファンの聖地。続日本100名城#191。
歴史・由来
日本三大水城の一つ(高松城・今治城と並ぶ)。天正16年(1588)、豊臣秀吉の九州平定後、軍師・黒田官兵衛(如水、孝高)が豊前国・中津12万石を与えられ築城開始。
黒田官兵衛は、豊臣秀吉の最高軍師として「秀吉に天下を取らせた男」と称される、戦国屈指の智将。中津城は、官兵衛が初めて自分の領国を持って築いた、まさに「軍師の理想の城」。
慶長5年(1600)、関ヶ原の戦功で黒田家は筑前52万石に転封。代わって細川忠興(豊前小倉藩主、細川ガラシャの夫)が中津を支配、現在の城郭に大改修。
寛永9年(1632)、細川家が肥後熊本に転封後、小笠原・奥平と城主が変遷。明治維新まで奥平氏10代の居城となった。
明治の廃城令で建造物の多くを失ったが、石垣の遺構は良好。昭和39年(1964)、模擬天守が建立された。
基本情報
住所
大分県中津市二ノ丁本丸
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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