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城 鹿児島市

鹿児島城

かごしまじょう

この城について
別名「鶴丸城」。慶長7年(1602)、薩摩藩初代藩主・島津家久(いえひさ)が築城。薩摩藩77万石・島津氏の居城。明治の薩摩の中心地として、西郷隆盛・大久保利通ら明治維新の中心人物を輩出した「維新の聖地」。

歴史・由来

別名「鶴丸城(つるまるじょう)」。慶長7年(1602)、薩摩藩初代藩主・島津家久(いえひさ、忠恒)が築城。 島津氏は、平安末期から続く九州南部の名門。戦国末期、当主・島津義久・義弘・歳久・家久の4兄弟が薩摩・大隅・日向を統一、九州全域への進出を狙ったが、豊臣秀吉の九州平定(1587)で薩摩・大隅2ヶ国に減封された。 その後、関ヶ原(1600)で西軍についた島津義弘は、「島津の退き口」と呼ばれる伝説的な敵中突破で薩摩に帰還。徳川幕府との交渉の末、薩摩・大隅・日向の一部を安堵された。 築城は関ヶ原直後の慶長7年(1602)。本拠を内城(うちじょう)から、桜島と錦江湾を見下ろす鹿児島の海岸近くに移した。 特徴は、城郭らしい天守・大規模な石垣を持たない、極めて質素な構造。これは「人を以て城と為す」薩摩独自の思想を反映したもので、城郭の規模より「精強な薩摩武士団」を本質とする藩風を象徴する。 幕末の薩摩藩は、西郷隆盛・大久保利通・大山巌・東郷平八郎・黒田清隆など、明治維新の中心人物を続々と輩出。「維新の母」と呼ばれる、近代日本誕生の最重要拠点となった。 明治10年(1877)、西南戦争で西郷軍の最終籠城地となった城山一帯では、9月24日に西郷隆盛が自刃。「西郷終焉の地」として、近代日本史の重要な聖地。

見どころ・特徴

JR鹿児島中央駅から市電「市役所前」電停、徒歩約5分。鹿児島市の中心、城山の麓に位置する。 「御楼門(ごろうもん)」は、令和2年(2020)に復元された本格的木造城門。150年ぶりに蘇った楼門は、鹿児島市民の悲願だった。 「黎明館(れいめいかん)」は、鹿児島県歴史・美術センター。島津家・薩摩藩・明治維新・西郷隆盛・大久保利通の歴史を立体的に学べる。 「西郷洞窟」「西郷終焉の地」「西郷隆盛銅像」など、西郷ゆかりの史跡が城山一帯に点在。 「城山展望台」からは、桜島・鹿児島湾・市街地が一望できる絶景。鹿児島観光の必須スポット。 参拝後は、鹿児島の黒豚・薩摩揚げ・芋焼酎、桜島フェリーでの桜島観光と組み合わせて、薩摩の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
鹿児島県鹿児島市城山町7-2
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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