この城について
別名「繊月城(せんげつじょう)」「三日月城」。球磨川と胸川の合流点に建つ、相良氏(さがらし)の居城。鎌倉初期から明治維新まで約700年間、同一一族(相良氏)が領主を務め続けた稀有な城。
歴史・由来
別名「繊月城(せんげつじょう)」「三日月城」。球磨川と胸川の合流点に建つ平山城で、相良氏(さがらし)の居城。
相良氏は、鎌倉初期の建久9年(1198)、源頼朝から人吉荘の地頭職を与えられて以来、明治維新まで約700年間、人吉地方を支配し続けた極めて稀有な一族。「明治の廃藩置県まで同一一族が同じ土地を支配した」例は、全国でも数例しかない。
築城は建久10年(1199)、相良長頼(ながより)による砦を起源とし、戦国期から江戸期にかけて段階的に発展。江戸期の本格的な近世城郭の姿は、寛永16年(1639)、相良頼寛(よりひろ)の時代に完成。
特徴は、球磨川と胸川を天然の堀とした堅固な防御構造。本丸跡からは球磨川の渓谷と人吉盆地が一望できる絶景。
幕末の戊辰戦争では、相良氏は新政府側として戦った。明治の廃城令で建造物の多くを失った。
近代以降、史跡として整備。「平成元年(1989)、人吉城歴史館」開館。
平成21年(2009)、人吉市内が「日本で最も美しい村」連合に加盟。城下町の風情が今も残る。
見どころ・特徴
JR肥薩線「人吉」駅から徒歩約20分。球磨川と胸川の合流点に位置する。
「石垣」「武者返し」「井戸跡」「御館(みたち)跡」など、近世城郭の遺構が良好に残る。
「人吉城歴史館」では、相良氏700年の歴史、人吉の文化、球磨焼酎の伝統などを学べる。
球磨川の絶景と組み合わせて、城跡からの眺めが美しい。
「球磨川下り」「球磨焼酎の蔵元めぐり」と組み合わせて、人吉の魅力を堪能できる。
令和2年(2020)7月の球磨川豪雨災害で人吉市は甚大な被害を受けたが、復興が進んでいる。
基本情報
住所
熊本県人吉市麓町
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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