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城 佐賀市

佐賀城

さがじょう

この城について
別名「沈み城」「亀甲城」。鍋島直茂・勝茂父子が慶長16年(1611)に築城。佐賀藩鍋島家35万7千石の居城。幕末の佐賀藩は、大隈重信・江藤新平など明治維新の中心人物を輩出した「西南雄藩」の一翼。

歴史・由来

別名「沈み城」「亀甲城」。鍋島直茂(なべしまなおしげ)・勝茂(かつしげ)父子が、慶長16年(1611)に築城。 鍋島氏は、もとは戦国期の肥前の有力豪族・龍造寺氏の家臣だったが、龍造寺氏の血脈が絶えた後、事実上の支配者となった。「鍋島騒動」と呼ばれる主家簒奪のドラマが、後の「化け猫騒動」の伝説に発展した。 佐賀藩鍋島家35万7千石は、九州西部の大藩として、明治維新まで12代続いた。 最大の特徴は、城が「鯱の門(しゃちのもん)」を除いてほぼ平地に築かれた「沈み城」の構造。低い土塁・浅い堀のみで、防御力よりも領内統治の機能性を重視した近世末期の城郭の典型。 幕末の佐賀藩は、藩主・鍋島直正(なおまさ、閑叟、かんそう)のもと、洋式の反射炉・造船所・蒸気機関を導入し、日本最先端の科学技術を持つ「先進藩」となった。明治維新では、大隈重信・江藤新平・副島種臣・大木喬任など、明治政府の中心人物を多数輩出。「西南雄藩」の一翼として、日本近代化の出発点となった。 明治の廃城令で多くを失ったが、「鯱の門・続櫓」(嘉永7年/1854築)は江戸末期の現存遺構として国の重要文化財。

見どころ・特徴

JR佐賀駅からバス「佐賀城跡」下車徒歩約2分。佐賀市の中心部に位置する。 「鯱の門」は、佐賀城のシンボル。江戸末期の現存遺構(重要文化財)で、両翼を広げた優美な姿。 平成16年(2004)、復元された「本丸御殿」(佐賀城本丸歴史館)は、本格的な木造復元。約2,500㎡の壮大な御殿が再現され、近世大名御殿の規模を体感できる稀有な体験。 「佐賀県立博物館」「佐賀城本丸歴史館」では、鍋島藩の科学技術・幕末佐賀藩の活躍・明治の偉人を学べる。 「反射炉跡」(築地反射炉、佐賀市西方)も近く、佐賀藩の近代化の遺産と組み合わせて訪れたい。 桜の名所として、3月下旬から4月上旬の桜まつりは、佐賀市民の年中行事。
基本情報
住所
佐賀県佐賀市城内2-18-1
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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