この城について
弥生時代の環濠集落の遺跡。紀元前300年頃から紀元300年頃まで約600年間にわたり繁栄、邪馬台国候補地としても有名。城郭ではないが「環濠による防衛集落」として日本100名城に選定。
歴史・由来
弥生時代の環濠集落の遺跡。紀元前300年頃から紀元300年頃まで約600年間にわたり繁栄した、日本最大級の弥生集落跡。
特筆すべきは、集落全体を取り囲む「環濠(かんごう)」と呼ばれる二重の堀。深さ2〜3m、幅3〜5mの堀が約2.5kmにわたって集落を囲む、極めて稀有な防衛施設。
集落の中心には「物見櫓(ものみやぐら)」と推定される望楼跡、首長を祀る墓地、青銅器の鋳造工房、織物の工房など、弥生社会の複合的な機能が確認されている。
「邪馬台国」の候補地としても有名。3世紀の中国正史『魏志倭人伝』に記された「邪馬台国」「卑弥呼」の都市国家の姿と、吉野ヶ里の規模・構造が一致するという説があり、近畿説(奈良県)と並ぶ有力候補地。
昭和55年(1980)代の発掘調査で全貌が明らかになり、平成3年(1991)、特別史跡に指定。平成19年(2007)、日本100名城に「環濠による防衛集落」として選定された。
平成13年(2001)、「吉野ヶ里歴史公園」として整備。弥生集落の建物(高床式倉庫・竪穴式住居・物見櫓)が忠実に復元され、弥生時代を実物大で体感できる。
見どころ・特徴
JR長崎本線「吉野ヶ里公園」駅・「神埼」駅から徒歩約15分。
復元された弥生集落は、「南内郭」「北内郭」「北墳丘墓」「中のムラ」など、複数の機能ゾーンに分かれている。
「物見櫓」「祭殿」「主祭殿」など、建物の復元は本格的な木造復元で、弥生時代の建築技術を体感できる。
「北墳丘墓」は、弥生時代の首長を埋葬した墳丘墓。内部の甕棺墓(かめかんぼ)が展示されており、弥生人の墓制を学べる。
「展示室」では、弥生時代の出土遺物(青銅器・土器・装飾品など)が多数展示。
「弥生時代体験プログラム」では、火起こし・勾玉作り・銅鐸演奏などの体験ができ、家族連れに人気。
近隣の「東名遺跡」「金立公園」と組み合わせて、佐賀の古代史を一日で堪能できる。
基本情報
住所
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町大字田手1843
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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