この城について
日本三大水城の一つ(今治城・中津城と並ぶ)。豊臣秀吉の家臣・生駒親正が天正16年(1588)に築城。瀬戸内海の海水を引き込んだ広大な堀に、城内の堀で鯛が泳ぐ「鯛のいる城」として親しまれる。
歴史・由来
日本三大水城の一つ(今治城・中津城と並ぶ)。豊臣秀吉の家臣・生駒親正(いこまちかまさ)が天正16年(1588)に築城。
築城地は、瀬戸内海に面した平地。海水を直接引き込んだ広大な堀を持つ「海城」で、城内の堀には今も鯛・チヌが泳ぐ「鯛のいる城」として親しまれる。
生駒氏が4代で改易された後、寛永19年(1642)、徳川光圀(みつくに、水戸黄門)の異母兄・松平頼重(まつだいらよりしげ)が12万石で入城、以後明治維新まで松平氏11代の居城となった。
頼重は、文化人としても優れ、城下町高松を「四国の小江戸」として整備。今に続く高松文化の基礎を築いた。
明治の廃城令で天守は解体されたが、月見櫓・水手御門・渡櫓は江戸期の現存遺構として国の重要文化財。
明治8年(1875)、玉藻公園として整備。高松市民の憩いの場として親しまれている。
見どころ・特徴
JR・高松琴平電気鉄道「高松」駅から徒歩約5分。高松港のすぐ近く、玉藻公園として整備されている。
最大の見どころは、海水を引き込んだ広大な堀。堀には鯛・チヌが泳ぎ、エサやり体験ができる。「鯛がいる城」の異名通り、瀬戸内の魚と城が一体になった景観は、ここでしか味わえない。
「月見櫓」「水手御門」「渡櫓」は、江戸期の現存遺構(重要文化財)。月見櫓は、海を見渡す立地で、藩主が月見を楽しんだ場所。
天守は解体されたが、平成25年(2013)、天守台の石垣が修復され、復元計画が進む。木造復元天守の建立が、令和の時代に期待される。
「披雲閣(ひうんかく)」は、大正6年(1917)、旧高松藩主・松平家の別邸として建てられた近代和風建築。
桜の名所として親しまれ、3月下旬から4月上旬の桜まつりは、高松市民の年中行事。
参拝後は、栗林公園(日本三名園に次ぐ名園)、讃岐うどんの老舗と組み合わせて、四国の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
香川県高松市玉藻町2-1
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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