この城について
日本海に突き出た指月山(しづきやま)のふもとに、毛利輝元(もうりてるもと)が慶長(けいちょう)9年(1604年)から築いた城です。別名は指月城。江戸時代を通じて長州藩・毛利家の居城となり、幕末に多くの志士を生んだ城下町・萩の中心でした。天守は明治時代に解体されましたが、石垣や堀がよく残り、今は萩城跡指月公園として整えられています。日本100名城(75番)。
歴史・由来
萩城を理解する鍵は、関ヶ原の戦いのあと、毛利家が新しい国づくりの出発点に選んだ城だということにあります。
【毛利家の新しい本拠】
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いのあと、毛利家は領地を大きく減らされ、周防(すおう)・長門(ながと)の2か国を治めることになりました。毛利輝元は新しい本拠として、日本海に面した萩の指月山を選びます。
【山と麓を組み合わせた城】
城は慶長9年(1604年)に築き始められ、慶長13年(1608年)ごろに完成しました。指月山のふもとに本丸や五層の天守を置き、標高143メートルの山頂にも城を構えた、山と麓を組み合わせた城です。城の周りには城下町が計画的に整えられました。
【長州藩の居城として】
以後、萩城は長州藩36万9千石を治める毛利家の居城となりました。幕末の文久(ぶんきゅう)3年(1863年)、藩主・毛利敬親(たかちか)は藩の中心を山口へ移します。
【城跡のいま】
明治7年(1874年)に天守などの建物は解体されましたが、石垣や堀は今もよく残っています。平成27年(2015年)には、萩城跡を含む「萩城下町」が、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産になりました。
見どころ・特徴
【天守台と石垣】
本丸の天守台には、五層の天守がそびえていました。建物はありませんが、堀に映る石垣の大きさから、当時の城の姿を思い浮かべることができます。
【指月山】
城の背後にそびえる標高143メートルの山で、山頂にも城が築かれていました。
【園内の見どころ】
公園内には、志都岐山神社(しづきやまじんじゃ)、茶室の花江茶亭(はなえちゃてい)、旧厚狭毛利家萩屋敷長屋(きゅうあさもうりけはぎやしきながや)などがあります。
【日本100名城スタンプ】
本丸入口の料金所に置かれています。
学び・特徴
指定・選定
日本100名城75番・世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」構成資産(萩城下町)
築城
慶長9年(1604年)、毛利輝元が築城を開始し、慶長13年(1608年)ごろ完成
テーマ
日本100名城武将ゆかり
基本情報
住所
山口県萩市堀内1-1
見学時間
4月から10月は8時から18時30分まで、11月から2月は8時30分から16時30分まで、3月は8時30分から18時まで(年中無休)
入園料は大人220円、小・中学生100円です(旧厚狭毛利家萩屋敷長屋との共通券)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【バス】萩循環まぁーるバス西回りコース「萩城跡・指月公園入口 北門屋敷入口」から徒歩約5分
【電車】JR山陰本線 東萩駅から徒歩約30分
【車】小郡萩道路 絵堂ICから約20分
【駐車場】指月第1駐車場(無料、51台)
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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