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城 岡山市北区

岡山城

おかやまじょう

この城について
別名「烏城」「金烏城」。豊臣秀吉の家臣・宇喜多秀家が天正18年(1590)〜慶長2年(1597)に築城。漆黒の下見板張りに金箔の鯱を冠する独特の意匠。隣接する後楽園は日本三名園の一つ。

歴史・由来

別名「烏城(うじょう)」「金烏城(きんうじょう)」。豊臣秀吉の家臣・宇喜多秀家(うきたひでいえ)が天正18年(1590)〜慶長2年(1597)に築城。 宇喜多秀家は、戦国末期の備前を統一した宇喜多直家の子。秀吉に養われ、五大老の一人となった豊臣政権の若き重鎮。秀家の正室は前田利家の娘・豪姫(秀吉の養女)で、豊臣・前田・宇喜多の三家を結ぶ重要な存在だった。 築城は秀家が中心、参考にしたのは秀吉の大坂城。漆黒の下見板張りに金箔の鯱を冠する独特の意匠で、豊臣秀吉好みの華麗な姿を備前に再現した。 慶長5年(1600)、関ヶ原で秀家は西軍の主力として戦い、敗北。八丈島に流罪となり、約50年後の明暦元年(1655)に没。岡山城は小早川秀秋に与えられたが、秀秋もまもなく死去。 慶長8年(1603)、池田忠継(とくいちのり)が28万石で入城、以後明治維新まで池田氏12代の居城となった。 太平洋戦争の岡山大空襲(1945)で天守を焼失。昭和41年(1966)、鉄筋コンクリートで復元。「黒い天守」が岡山市のシンボル。

見どころ・特徴

JR岡山駅から路面電車「城下」電停、徒歩約10分。 復興天守は五重六階。漆黒の下見板張り、金箔の鯱、千鳥破風・唐破風が組み合わさる優美な姿。「烏城」の名にふさわしい黒い姿が、緑の城跡公園に映える。 天守内部は岡山城博物館。宇喜多秀家・池田家の歴史、岡山の文化を立体的に学べる。 「月見櫓(つきみやぐら)」は、江戸期の現存遺構(重要文化財)。空襲を奇跡的に生き延びた。 「廊下門」「西の丸西手櫓」も、江戸期の現存遺構(重要文化財)。 最大の魅力は、隣接する「後楽園」(日本三名園、特別名勝)。岡山藩2代藩主・池田綱政が元禄13年(1700)に造園した、池泉回遊式庭園の傑作。城と庭園を一日で堪能できる、岡山観光の鉄板コース。 参拝後は岡山名物・吉備団子、後楽園の鶴鳴館でのお茶と組み合わせて、岡山の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
岡山県岡山市北区丸の内2-3-1
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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