この城について
「山陰の小京都」と呼ばれる津和野の山上にそびえる山城。標高約367m。鎌倉末期、吉見頼行が築城、戦国期に大改修。江戸期は亀井氏4万3千石の居城。雲海に浮かぶ姿でも知られる。
歴史・由来
「山陰の小京都」と呼ばれる津和野の山上にそびえる山城。標高約367mの山頂に築かれた、近世山城の傑作。
築城は鎌倉末期の永仁3年(1295)、能登守護・吉見頼行(よしみよりゆき)が築いた。吉見氏は約280年間、津和野を支配した。
戦国末期、毛利氏の家臣として津和野を守った吉見氏は、関ヶ原で西軍についたため改易。慶長5年(1600)以降、坂崎直盛(さかざきなおもり)が津和野3万石の藩主に。
坂崎直盛は、徳川家康の信頼厚い武将だったが、大坂夏の陣(1615)で千姫(徳川秀忠の娘)を豊臣秀頼の元から救出した功で、千姫を妻に迎える約束を反故にされ、千姫拉致を企てて元和2年(1616)に粛清された悲劇の人物。
その後、亀井政矩(かめいまさのり)が津和野4万3千石で入城、以後明治維新まで亀井氏11代の居城となった。
明治の廃城令で建造物は解体されたが、山頂の石垣の遺構は良好に残り、雲海に浮かぶ姿は「天空の城」の趣。
「津和野」は、戦後「山陰の小京都」として観光地化、文豪・森鴎外の故郷としても全国的に知られる。
見どころ・特徴
JR山口線「津和野」駅から徒歩約30分、または太鼓谷稲成神社の参道入口からリフトで山頂近くまで、その後徒歩約15分。
リフトと登山道を組み合わせて、山頂の本丸跡へ。
山頂部には、本丸・二の丸・三の丸の石垣の遺構が良好に残り、近世山城の威容を伝える。
山頂からは津和野盆地・SLやまぐち号の走る津和野鉄道線が一望できる絶景。
雲海に浮かぶ津和野城は、秋から冬の早朝の絶景として、近年人気のフォトスポット。
「太皷谷稲成神社」(山麓)は、津和野7代藩主・亀井矩貞が安永2年(1773)に勧請、日本五大稲荷の一つ。千本鳥居が壮観。
「森鴎外旧宅」「西周(にしあまね)旧宅」など、津和野の文学的史跡と組み合わせて、「山陰の小京都」を堪能できる。
基本情報
住所
島根県鹿足郡津和野町後田
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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