この城について
近江源氏・佐々木六角氏の本拠。標高約432mの繖山(きぬがさやま)に築かれた、戦国期最大級の山城の一つ。山全域に石垣を巡らせた極めて稀有な「総石垣の山城」で、安土城築城に影響を与えたとされる。
歴史・由来
近江源氏・佐々木六角氏(ろっかくし)の本拠。標高約432mの繖山(きぬがさやま)に築かれた、戦国期最大級の山城の一つ。
六角氏は、宇多源氏の流れを汲む近江の名門。鎌倉期から続く守護家で、室町・戦国期を通じて南近江を支配した。
築城の起源は南北朝期と伝わるが、本格的な整備は16世紀の佐々木義賢(よしかた、承禎)の時代。山全域に石垣を巡らせた極めて稀有な「総石垣の山城」で、後の安土城築城に影響を与えたとされる。
永禄11年(1568)、織田信長が足利義昭を奉じて上洛する際、観音寺城を攻撃。義賢は戦わずして城を放棄し、甲賀の山中に逃走。「観音寺崩れ」と呼ばれる、戦国史上屈指の不戦敗劇となった。
以後、観音寺城は廃城となった。だが信長は、観音寺城の総石垣構造に強い印象を受け、後の安土城築城に大きな影響を受けたとされる。安土城は観音寺城のすぐ隣に築かれたのは、決して偶然ではない。
近代以降、史跡として整備。広大な城域に石垣・郭跡が良好に残り、戦国山城の見学コースとして城マニアの聖地。
見どころ・特徴
基本情報
住所
滋賀県近江八幡市安土町石寺
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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