この城について
別名「白鳳城」。築城名人・藤堂高虎の傑作の一つ。慶長16年(1611)着工。高さ約30m、日本一・二の高石垣で知られる。豊臣方への備えとして急ピッチで築かれた、徳川幕府防衛の重要拠点。
歴史・由来
別名「白鳳城」。築城名人・藤堂高虎の傑作の一つ。慶長16年(1611)着工。
高虎は、関ヶ原以後、家康に重用された「築城の天才」。慶長13年(1608)、伊賀・伊勢で22万石を与えられ、伊賀の地に大規模な城郭を急ピッチで築き始めた。
築城の目的は、豊臣秀頼を擁する大坂城への備え。「大坂の役(1614-15)」を見据えた、徳川方の西方防衛の重要拠点として、極めて戦略的な築城だった。
最大の特徴は、高さ約30mに達する「日本一・二の高石垣」。本丸の南面に築かれた高石垣は、日本城郭の高石垣としては最大級。高虎の「石垣の技」の極致。
天守は慶長17年(1612)に建立されたが、暴風で倒壊。徳川幕府の「大坂城落城(1615)」で築城の目的が失われ、天守の再建は放棄された。
「平成16年(2004)、現存する天守は昭和10年(1935)、地元の名士・川崎克(かわさきかつ)が私財を投じて木造で建てた「模擬天守」。歴史的な復元ではないが、伊賀上野のシンボルとして広く親しまれている。
見どころ・特徴
JR・近鉄「伊賀上野」駅から徒歩約20分、または車で名阪国道「上野IC」から約10分。
「日本一・二の高石垣」は必見。本丸南面の高さ約30mに達する高石垣は、見る者を圧倒する。下から見上げると、まさに「天空の壁」。
天守は昭和10年(1935)、地元名士の川崎克が私財で建てた模擬天守。歴史的な復元ではないが、本格的な木造造で、長く伊賀上野のシンボル。
「忍者博物館」(伊賀流忍者博物館)が城跡公園内に併設。伊賀忍者の歴史・道具・からくり屋敷を体感でき、伊賀観光の必須施設。
近隣の「松尾芭蕉生家」「俳聖殿」(芭蕉ゆかりの記念施設)と組み合わせて、伊賀の文化を一日で堪能できる。
毎年「伊賀上野NINJAフェスタ」(春・GW期間)では、市内全体が忍者の街に変身する。
桜の名所として親しまれ、4月上旬の桜と高石垣・天守の対比は、三重県を代表する花見スポット。
基本情報
住所
三重県伊賀市上野丸之内106
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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