この城について
尾張徳川家62万石の居城。慶長15年(1610)、徳川家康の命で築城開始。「金鯱(きんしゃち)」を冠する五重五階の大天守は、日本城郭建築の最高峰の一つ。本丸御殿が平成30年(2018)完全復元。
歴史・由来
尾張徳川家62万石の居城。慶長15年(1610)、徳川家康が西国大名20家を動員(天下普請)して築城開始、慶長17年(1612)、5重5階の大天守が完成。
家康は、豊臣秀頼を擁する大坂の備えとして、息子・徳川義直の居城・名古屋に最高水準の城郭を求めた。築城には豊臣恩顧の加藤清正・福島正則・池田輝政らも動員され、西国大名の財力・労働力を削ぐ意図もあった。「加藤清正石曳きの図」で知られる清正の活躍は、名古屋城築城を象徴する場面。
築城工事の総奉行は徳川家康の腹心・小堀遠州(こぼりえんしゅう)。本丸御殿の障壁画は狩野貞信ら狩野派の最高峰が担当。「金鯱(きんしゃち)」を冠する大天守は、日本城郭建築の最高峰の一つ。
幕末・戊辰戦争でも戦火に遭わず、明治の廃城令も乗り越え、太平洋戦争まで江戸期の天守・本丸御殿が完全に現存していた。だが昭和20年(1945)5月14日の名古屋大空襲で、大天守・小天守・本丸御殿のすべてを焼失。
昭和34年(1959)、鉄筋コンクリートで天守が復元。平成21〜30年(2009-2018)、本丸御殿が約400年前の姿に完全木造復元され、平成の城郭復元の最高峰として全国的な話題となった。
現在、天守の木造復元計画が進行中(令和10年代完成予定)。
見どころ・特徴
JR名古屋駅から地下鉄「名古屋城」駅すぐ、または市バス「名古屋城正門前」下車すぐ。
復元天守は五重五階(鉄筋コンクリート造)。「金鯱(きんしゃち)」を冠する姿は、名古屋市の象徴。
最大の見どころは、平成30年(2018)完全復元の「本丸御殿」。江戸期の障壁画・襖絵を含めて約400年前の姿に完全再現。狩野派の絢爛豪華な襖絵、玄関・対面所・上洛殿の華麗な造作は、息を呑む美しさ。
「東南隅櫓」「西南隅櫓」「西北隅櫓」は、江戸期からの現存遺構(重要文化財)。空襲を奇跡的に生き延びた。
「本丸表二之門」も重要文化財。江戸期の城門の貴重な遺構。
桜の名所として、3月下旬から4月上旬の桜まつりは名古屋市民の年中行事。
近隣の徳川美術館(徳川家伝来の宝物)、徳川園、熱田神宮と組み合わせて、尾張徳川家の文化を堪能できる。
天守の木造復元計画が進行中で、令和10年代には「木造天守復活」が見られる予定。
基本情報
住所
愛知県名古屋市中区本丸1-1
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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