この城について
歴史・由来
徳川家康が将軍職を秀忠に譲った後、「大御所」として政治を執った城。
築城の起源は古く、室町期に今川氏が築いた館を、永禄11年(1568)に武田信玄が攻略。天正18年(1590)、徳川家康が関東移封の前に9年間居城とした。
慶長10年(1605)、家康は征夷大将軍を子・秀忠に譲り、慶長12年(1607)、駿府を「大御所政治」の本拠と定めて駿府城を大改修。豊臣秀頼を圧迫する「東日本の中心」として、政治・軍事の中枢として機能した。
慶長14年(1609)、本格的な五重七階の大天守が完成。「家康の最高傑作」と称される壮麗な天守だったが、寛永12年(1635)、子・徳川忠長の代に火災で焼失。以後、天守は再建されず、本丸御殿のみが残った。
家康は元和2年(1616)、駿府城で75歳で死去。「東照大権現」として日光東照宮に祀られたが、駿府城は家康の最後の居城として、徳川幕府を通じて特別な扱いを受けた。
明治の廃城令で建造物の多くを失ったが、近年、復元整備が進んでいる。
見どころ・特徴
JR静岡駅から徒歩約10分。静岡市の中心、駿府城公園内に位置する。
平成元年(1989)復元の「巽櫓(たつみやぐら)」、平成8年(1996)復元の「東御門」、平成26年(2014)復元の「坤櫓(ひつじさるやぐら)」と、次々と本格木造復元が進む現代の城郭復元の代表例。
「家康公お手植えのみかんの木」は、家康が自ら植えたとされる古木。樹齢約400年を経た現在も実をつける、まさに「家康の生きた遺産」。
「徳川家康公像」(青年・壮年・老年の3体)が公園内に立ち、家康の生涯を視覚化する。
「天守台発掘調査現場」は、令和の時代に進められている考古学プロジェクト。一般公開されており、考古学者の作業を間近で見られる稀有な機会。
桜の名所としても親しまれ、4月上旬の駿府城公園の桜は、静岡市民の年中行事。
参拝後は、登呂遺跡、久能山東照宮(家康の最初の墓地)、三保の松原と組み合わせて、家康と古代静岡を堪能できる。
基本情報
住所
静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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