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城 岐阜市

岐阜城

ぎふじょう

この城について
別名「稲葉山城」。永禄10年(1567)、織田信長が斎藤龍興を攻略して入城、「天下布武」の本拠とした。標高約329mの金華山山頂に建つ模擬天守からは、長良川・濃尾平野を一望できる。

歴史・由来

別名「稲葉山城」。標高約329mの金華山山頂に建つ、信長最大のターニングポイントの城。 築城の起源は鎌倉時代、二階堂行政(にかいどうゆきまさ)が砦を築いたのが始まり。戦国期、斎藤道三(さいとうどうさん)が美濃を奪取して稲葉山城を本拠とし、「美濃の蝮(まむし)」と恐れられた。 永禄10年(1567)、織田信長が「稲葉山城の戦い」で斎藤龍興を攻略、入城。信長はこの地を「岐阜」と命名し(中国・周の文王が天下統一の拠点とした「岐山」に由来)、「天下布武(てんかふぶ)」の印章をここから使い始めた。岐阜城は信長の「天下統一の出発点」となった。 天正5年(1577)、信長は安土城(滋賀県)を築いて本拠を移し、岐阜城は嫡男・信忠に継承された。本能寺の変(1582)で信忠も自刃、岐阜城は織田信孝・池田元助と城主が変わった。 天正13年(1585)、池田輝政が岐阜から三河吉田へ転封。慶長5年(1600)、関ヶ原の前哨戦で、東軍の福島正則・池田輝政らが岐阜城を攻略、信長の孫・織田秀信が降伏。関ヶ原後、岐阜城は廃城となった。 現在の天守は昭和31年(1956)の鉄筋コンクリート復興天守。三重四階の堂々たる姿で、岐阜市のシンボル。

見どころ・特徴

JR岐阜駅からバスで「岐阜公園・歴史博物館前」下車、ロープウェイで山頂まで約4分。 金華山山頂、断崖の上に建つ復興天守。眼下には長良川と濃尾平野が広がり、信長が眺めた「天下」を体感できる絶景。 天守内部は岐阜城資料館。信長・道三・斎藤氏の歴史を学べる。 「岐阜大仏」(黄檗宗・正法寺、岐阜公園内)は、日本三大仏の一つで、内部が竹組みの巨大仏。岐阜城観光と合わせて訪れたい。 「長良川鵜飼」(5〜10月)は、岐阜の夏の風物詩。城を見上げながらの鵜飼観光は、岐阜らしい一日。 桜の名所として、3月下旬から4月上旬の桜まつりは、岐阜公園・金華山一帯を彩る。 夜の岐阜城ライトアップは、長良川越しに見上げる絶景。「信長の城」を現代の夜景として味わえる。
基本情報
住所
岐阜県岐阜市金華山天守閣18
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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