この城について
歴史・由来
上杉謙信の本拠。標高約180mの春日山山頂を本郭とし、複数の郭・堀切を巧みに配置した、戦国期最大級の山城の一つ。
築城の起源は南北朝期と伝わるが、本格的な整備は守護代・長尾為景(謙信の父)から。天文17年(1548)、19歳の謙信が家督相続し、以後天正6年(1578)の死去まで約30年、ここを本拠に「義の武将」として上杉氏を率いた。
謙信は天下を狙わず、関東・北陸に出兵を繰り返した。「敵に塩を送る」逸話、武田信玄との5度の川中島合戦、「義」を貫く生き様は、後世の日本人の心に深く刻まれた。
謙信の死後、後継争い(御館の乱)の末、上杉景勝が家督を継いだ。慶長3年(1598)、豊臣秀吉の命で上杉景勝は会津120万石へ転封。春日山城は廃城となり、新たに福島城(春日山の麓)が築かれた。
近代以降、史跡として保存。広大な城域に堀切・郭・空堀の遺構が良好に残り、戦国山城の見学コースとして城マニアの聖地。
この場所を巡る軸
基本情報
住所
新潟県上越市中屋敷字春日山
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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