TabiShiri
城 長野市

松代城

まつしろじょう

この城について
別名「海津城(かいづじょう)」。永禄3年(1560)、武田信玄が川中島合戦のため築城。江戸期は真田信之以降の真田氏10万石の居城。佐久間象山ら幕末の知の巨人を輩出した松代藩の本拠。

歴史・由来

別名「海津城(かいづじょう)」。永禄3年(1560)、武田信玄が川中島合戦のため、家臣・山本勘助に命じて築かせた、戦国の最前線拠点。 第四次川中島合戦(1561年)で、上杉謙信との激戦の舞台となった「八幡原(はちまんばら)の戦い」の前線基地として機能した、戦国史上有名な城。 武田氏滅亡後、織田信長の家臣・森長可(もりながよし)、上杉景勝、田丸直昌、森忠政と城主が変遷。慶長5年(1600)、関ヶ原以後、森忠政が美作(岡山県)へ転封され、松平・酒井と続いた後、元和8年(1622)、真田信之(さなだのぶゆき、真田幸村の兄)が13万石で入城、以後明治維新まで真田氏10代の居城となった。 真田氏は、上田城を捨てて松代に転封されたものの、真田家としては大藩を維持。藩政期には佐久間象山(さくましょうざん)ら幕末の知の巨人を輩出し、明治維新の精神的素地を作った。

見どころ・特徴

しなの鉄道「屋代」駅からバス、または車で長野市内から約20分。長野市の南、松代地区の中心に位置する。 平成期、本格的な木造復元が進み、「太鼓門」「北不明門(きたあかずもん)」など、真田氏時代の威容が蘇った。 「真田邸」(旧松代藩主邸)、「文武学校」(藩校)、「象山神社」(佐久間象山を祀る)など、藩政期の文化財が松代地区一帯に集中し、城下町散策が楽しい。 「川中島古戦場」(八幡原史跡公園)にも、徒歩・車で簡単にアクセスでき、信玄と謙信の一騎打ちの伝説の地(信玄を斬りつけたとされる謙信の銅像が立つ)を訪れられる。 桜の名所として親しまれ、4月中旬の桜まつりは長野県南部の花見スポット。
基本情報
住所
長野県長野市松代町松代44
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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