この城について
別名「霞城」。最上義光(もがみよしあき)が文禄〜慶長期に大改修した、東北最大級の平城。日本100名城・続100名城両方の選定候補となるほどの巨大な城郭。霞城公園として整備、桜の名所。
歴史・由来
別名「霞城(かじょう)」。最上義光(もがみよしあき)が文禄〜慶長期に大改修した、東北最大級の平城。
最上義光は、伊達政宗の伯父にあたる、戦国末期の山形57万石の大名。出羽の山岳・盆地を巧みに支配し、伊達・上杉と並ぶ東北の有力者として君臨した。
築城は、室町期に最上氏祖・斯波兼頼(しばかねより)が築いた居館を、義光が文禄2年(1593)頃から大改修。輪郭式の壮大な平城を完成させた。
最上氏は元和8年(1622)、お家騒動で改易。以後、鳥居・保科・松平など城主が変遷し、明治の廃城令で建造物の多くを失った。
近代以降、霞城公園として整備、桜の名所として親しまれた。平成3年(1991)、「二の丸東大手門」が復元され、城跡の威容が蘇った。
「霞城」の名は、戦国期の攻撃の際、城が霞に隠れて見えなくなったという伝承に由来する。
基本情報
住所
山形県山形市霞城町1-7
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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