この城について
伊予と讃岐の国境、燧灘(ひうちなだ)を見下ろす城山に建つ。延元2年(1337)、土肥義昌の築城が起源。昭和61年(1986)、模擬天守として再建され、四国中央市のシンボルに。
歴史・由来
伊予と讃岐の国境、燧灘(ひうちなだ)を見下ろす城山(標高約60m)に建つ平山城。瀬戸内海の制海権と、四国内陸への入口を抑える戦略的要衝。
築城は南北朝期、延元2年(1337)、伊予守護・河野氏の家臣・土肥義昌(とひよしまさ)による。以後、戦国期を通じて、伊予の河野氏・讃岐の細川氏・阿波の三好氏など、四国の有力大名による争奪戦の的となった。
天正10年(1582)、土佐の長宗我部元親の四国統一戦の中で落城。さらに天正13年(1585)、豊臣秀吉の四国平定で再度落城。その後、廃城となった。
明治以降は城山公園として整備され、桜の名所として親しまれてきた。
昭和61年(1986)、四国中央市のシンボルとして模擬天守が再建(鉄筋コンクリート造)。歴史的根拠のある復元ではないが、地域のランドマークとして広く親しまれている。
見どころ・特徴
JR予讃線「川之江」駅から徒歩約15分。市街地の真ん中、城山公園の頂上に建つ。
模擬天守からは、燧灘・瀬戸内の島々・讃岐山脈まで一望できる絶景。標高はそれほど高くないが、海と山と街が一度に見渡せる稀有なロケーション。
天守内部は資料館となっており、川之江城の歴史、四国中央市の地域史、製紙業(四国中央市は日本一の紙の街)の歴史などが学べる。
春の桜が見事。城山公園には約500本のソメイヨシノが咲き誇り、3月下旬から4月上旬の花見シーズンは、地元市民の憩いの場として賑わう。
夜はライトアップされ、街のシンボルとして輝く。
参拝後は四国中央市の「紙のまち資料館」、川之江の港町散策、近隣の伊予三島・新居浜と組み合わせて、東予の街並みを堪能できる。
基本情報
住所
愛媛県四国中央市川之江町1087-4
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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