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城 御城印 丸亀市

丸亀城

まるがめじょう

別名:亀山城(かめやまじょう)・蓬莱城(ほうらいじょう)

この城について
別名「亀山城」。石垣・天守・井戸で「3つの日本一」を持つ城として知られる。麓から本丸まで4段に積み上げられた石垣は総高約60メートルで日本一。その上に建つ天守は現存する12の天守のなかで最も小さい三重三階。二の丸の井戸は深さ約65メートルで日本一深いと伝わる。慶長2年(1597年)、生駒親正・一正(いこまちかまさ・かずまさ)父子が築城に着手し、寛永20年(1643年)、山崎家治(やまざきいえはる)が現在の姿に改修した。

歴史・由来

この城を読み解く鍵は、石垣の大きさと天守の小ささという、極端な対比にある。 築城が始まったのは慶長2年(1597年)。豊臣政権の時代に讃岐(さぬき。いまの香川県)17万石を与えられた生駒親正(いこまちかまさ)・一正(かずまさ)の父子が、高松城を本城としながら、亀山と呼ばれた小さな丘に支城を築いた。慶長7年(1602年)、ほぼいまの城の姿ができあがる。元和元年(1615年)、幕府が大名の城を一つに限る「一国一城令(いっこくいちじょうれい)」を出すと、丸亀城も取り壊される危機を迎えたが、時の藩主・生駒正俊(まさとし)は要所を木で覆って立ち入りを厳しく制限し、城を守り抜いたと伝わる。 その後、生駒家はお家騒動により出羽国(でわのくに。いまの秋田県)へ移された。かわって寛永18年(1641年)、山崎家治が肥後国(ひごのくに。いまの熊本県)から5万石で入り、丸亀藩を立てる。寛永20年(1643年)、幕府から銀300貫を与えられ、参勤交代を免除されて城の大改修に着手した。瀬戸内の島々にいたキリシタンの動きに備えるためだったとも言われる。山崎家が3代で跡継ぎなく絶えたあと、万治元年(1658年)に播磨国(はりまのくに。いまの兵庫県)から京極高和(きょうごくたかかず)が入り、以後、明治維新まで京極家7代の居城となった。 もっとも目を引くのは、やはり石垣である。麓から本丸まで4段に積み上げられた石垣は、合わせると総高およそ60メートルにおよび、これは城の石垣としては日本一の高さとされる(一枚の石垣として最も高いのは大坂城で、丸亀城の石垣はそれに次ぐ規模)。上に行くほど反り返る「扇の勾配」と呼ばれる曲線は、石垣づくりの名手として知られた技術の粋を集めたものと言われる。 その石垣の頂に建つ天守は、万治3年(1660年)、京極高和の代に完成した三重三階の御三階櫓(ごさんかいやぐら)で、高さはわずか約15メートル。いまに残る12の天守のなかでもっとも小さい。江戸幕府は大名が天守を新しく建てることを厳しく制限していたため、6万石ほどの京極家が天守を持てたこと自体が異例だった。石垣の規模で城の格を示しつつ、天守そのものは控えめにおさめた、当時の知恵がうかがえる。

見どころ・特徴

【総高日本一の石垣】麓から本丸まで4段に積み上げられた石垣は、合わせると総高およそ60メートル。城の石垣としては日本一の高さとされる(一枚の石垣そのものの高さでは大坂城が日本一で、丸亀城はそれに次ぐ)。上部が反り返る「扇の勾配」と呼ばれる曲線は、遠目にも美しい。 【現存天守のなかで最も小さい天守】山崎家治の改修ののち、京極高和の代の万治3年(1660年)に完成した三重三階の御三階櫓。高さは約15メートルで、いまに残る12の天守のなかでもっとも小さい。国の重要文化財。中に入ると小さいぶん各階の造りがよく見え、城づくりの基本を学ぶにはうってつけ。 【見返り坂】ふもとの大手二の門から本丸へ向かう、急な坂道。思わず立ち止まって振り返りたくなることから、この名がついたと伝わる。振り返ると瀬戸内海と讃岐平野の眺めが広がる。 【天守最上階からの眺め】瀬戸内海や瀬戸大橋、讃岐富士(さぬきふじ。飯野山〈いいのやま〉の呼び名)を見わたせる。瀬戸大橋を行き来する列車や車を見下ろせるのも、この城ならではの景色。 【二の丸の井戸】深さおよそ65メートルと伝わる井戸で、日本一深い井戸とも言われる。城が水に困らないための備えだったのだろう。 【大手一の門・大手二の門】天守とともに国の重要文化財に指定されている、江戸時代の門。天守と大手門の両方が残っている城は、全国でも丸亀城・弘前城・高知城の3城だけである。 【とり奉行 骨付じゅうじゅう】丸亀の名物「骨付鳥(ほねつきどり)」をモチーフにした丸亀市のマスコットキャラクター。城下では、この骨付鳥を出す店が多い。 【訪ねかた】見返り坂をはじめ、本丸までは坂道と石段が続くので、歩きやすい靴で出かけたい。令和6年(2024年)からは、京極家の江戸屋敷を移した「延寿閣別邸(えんじゅかくべってい)」に泊まったり、天守を貸し切って過ごしたりできる城泊(じょうはく)の企画も始まっている。石垣の一部は令和10年(2028年)3月末の完成を目指して復旧工事が続いており、その様子を伝える「石垣崩落復旧整備事業PR館」もあわせて見学できる。
年中行事・お祭り
【丸亀お城まつり】例年5月上旬 昭和25年(1950年)、天守の解体修理を記念して始まった祭り。令和8年(2026年)は5月3日と4日に開催され、77回目を数える。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
社格
天守(重要文化財、昭和18年〈1943年〉6月9日指定。三重三階櫓、本瓦葺、江戸前期の建築)、大手一の門・大手二の門(重要文化財、昭和32年〈1957年〉指定)。城跡全体が国の史跡「丸亀城跡」(昭和28年〈1953年〉3月31日指定)。日本100名城の第78番。
創建
慶長2年(1597年)、生駒親正・一正父子が築城に着手し、慶長7年(1602年)にほぼ完成。寛永20年(1643年)、山崎家治が大改修し、万治3年(1660年)、京極高和の代に現在の天守が完成した。
テーマ
日本100名城重要文化財国史跡絶景
基本情報
住所
香川県丸亀市一番丁
見学時間
天守の観覧は9時から16時30分まで(入城は16時まで)。年中無休だが、警報の発令時や施設の点検・工事、行事の開催時には臨時で休むことがある。観覧料は大人400円、中学生以下は無料。20人以上の団体は2割引。丸亀市内在住の65歳以上の方や心身に障がいのある方とその介護者は無料。御城印は天守内で授与されている(時間や取り扱いは変わることがあるため、事前にご確認ください)。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR丸亀駅から徒歩約10分。城の周辺には市営の有料駐車場が数か所あり、最初の1時間前後は無料になるものが多い(資料館などで認証が必要な場合がある)。城内資料館の南側には無料駐車場(約50台)もある。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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