
この城について
北アルプスを背に、黒い天守が水堀に映る城。文禄2年から3年(1593〜1594年)ごろに建てられた大天守は、五重六階の天守としては現存する日本最古のもので、国宝に指定されている。
戦国の備えをそなえた三棟に、江戸時代の平和な世に建て増された二棟がつながる姿は全国でここだけ。
日本100名城の29番。


歴史・由来
この城を読み解く鍵は、二度こわされかけて、二度とも町の人が守った、という一点にある。
城の始まりは永正元年(1504年)、島立(しまだち)氏が築いた深志城(ふかしじょう)だと伝わる。天文19年(1550年)に武田信玄が攻め入って小笠原長時を追い、以後三十二年にわたって武田の城となった。天正10年(1582年)に武田家が滅びると小笠原貞慶(さだよし)が城を取り返し、このとき深志の地名を「松本」と改めている。
いまの天守が建ったのは、その少しあとである。天正18年(1590年)、豊臣秀吉が石川数正(いしかわかずまさ)を松本城主に据えた。数正は文禄元年(1592年)に亡くなり、あとを継いだ子の康長(やすなが)の代に、文禄2年から3年(1593〜1594年)ごろ、大天守・乾小天守(いぬいこてんしゅ)・渡櫓(わたりやぐら)が建てられたとみられている。松本市が専門家を集めて調べた結論である。江戸時代のはじめには、戦のない世にふさわしい辰巳附櫓(たつみつけやぐら)と月見櫓が建て増された。江戸時代の松本の城主は、六家二十三人を数える。
最初の危機は明治に来た。明治4年(1871年)の廃藩置県で城の門や塀がつぎつぎ壊され、天守は翌年、競売にかけられてしまう。ここで動いたのが市川量造(いちかわりょうぞう)である。彼は「天守は博覧会の会場にふさわしい」と県に願い出て、落札金は有志を募って献納すると申し出た。博覧会は明治6年(1873年)から9年まで五回開かれ、天守は取り壊しをまぬがれた。
二度めの危機は、その三十年後にやってくる。天守が傾き、いまにも倒れそうになったのだ。松本中学校の校長・小林有也(こばやしうなり)が松本天守閣保存会を立ち上げ、寄付を集めて修理にかかった。明治36年(1903年)に始まった工事は大正2年(1913年)に終わり、小林はその翌年に世を去っている。
天守は昭和11年(1936年)に旧国宝となり、昭和27年(1952年)には文化財保護法のもとであらためて国宝に指定された。城郭では姫路城に次ぐ指定である。いま見える姿は、昭和25年(1950年)から30年(1955年)にかけての全面解体修理で、江戸時代の形に戻されたものだ。守ったのは町の人である、という事実が、この城のいちばんの背骨になっている。
見どころ・特徴
【五棟がつながる天守群】大天守・乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓の五棟がつながる「連結複合式(れんけつふくごうしき)」。前の三棟は戦国の終わりに、あとの二棟は江戸時代のはじめに建てられた。時代のちがう建物がひと続きになっている天守は、全国でここだけである。
【戦うための造り】戦国期の三棟には、鉄砲狭間(てっぽうざま)と矢狭間があわせて115か所、石落としが11か所ある。一階と二階の壁の厚さは約29センチ、内堀の幅はおよそ60メートル。当時の鉄砲が届く距離を計算して造られている。
【月見櫓】江戸時代のはじめに建て増された、戦いの備えをほとんど持たない櫓。朱塗りの回縁(まわりえん)が、黒い天守のなかで目を引く。
【軟弱地盤を支えるしかけ】1000トンの天守を沼地の上に立たせるため、直径約39センチの栂(つが)の丸太16本を碁盤の目のように打ち込み、堀の底には丸太を筏(いかだ)のように敷いた。
【野面積みの天守台】自然石をあまり加工せずに積み上げた野面積み(のづらづみ)。四隅は長い石と短い石を交互に重ねる算木積み(さんぎづみ)で、400年前の積み方がそのまま残っている。
【訪ねかた】天守の中は階段が約140段、いちばん急なところで斜度が約61度ある。手すりをしっかり握って上り下りしたい。土足禁止なので、脱ぎ履きしやすい靴だと楽である。天守内の見学はおよそ45分から60分。
年中行事・お祭り
【夜桜会】例年、桜の開花宣言の3日後から8日間。同じ期間に「桜並木 光の回廊」も行われる。
【野外いけばな展】例年5月1日から6日。
【松本藩古流砲術演武】例年5月10日。
【太鼓まつり】例年7月25日・26日。
【薪能(たきぎのう)】例年8月8日。宝生流の能と大蔵流の狂言が演じられる。
【お城盆踊り】例年8月14日から16日。
【合同茶会】例年10月中旬。
【古式砲術演武】例年10月中旬。
【菊花展】例年10月下旬から11月上旬。
【国宝松本城Week】例年11月3日から10日。
【新春祝賀特別公開】例年1月1日から3日。
【氷彫フェスティバル】例年1月下旬。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
社格
大天守・乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓の五棟が国宝(昭和11年/1936年に旧国宝、昭和27年/1952年に現行の国宝)。城跡は国の史跡(昭和5年/1930年指定)。日本100名城の29番。
創建
永正元年(1504年)に島立氏が築いた深志城が始まりと伝わる。現在の大天守・乾小天守・渡櫓は、文禄2年から3年(1593〜1594年)ごろ、石川康長の代に建てられたとみられる。辰巳附櫓と月見櫓は江戸時代はじめの建て増し。
テーマ
日本100名城桜
基本情報
住所
長野県松本市丸の内4-1
見学時間
通常は午前8時30分から午後5時まで(最終入場は午後4時30分)。ゴールデンウィークは午前8時から午後6時まで(最終入場は午後5時30分)、8月8日から16日も時間を延長します。正月三が日は午前10時から午後3時30分まで(最終入場は午後3時)。休みは年末の12月29日から31日だけです。
観覧料は一般が電子チケット1,200円・紙のチケット1,300円、小中学生400円、未就学児は無料。20名以上の団体は一般1,080円・小中学生360円(電子チケットのみ)。旧開智学校や市立博物館、市立美術館との共通券もあります。
天守の中は土足禁止で、階段は約140段、いちばん急なところで斜度約61度。見学の目安はおよそ45分から60分です。混み合う時期は入場制限がかかることがあります。
御城印は2種類、1枚300円、2枚で500円。松本城管理課で受けられます。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR松本駅のお城口から徒歩約15分。バスなら「タウンスニーカー北コース」で約10分、「松本城・市役所前」下車。
車の場合は長野自動車道の松本インターチェンジから約20分。無料の市営駐車場はなく、市営松本城大手門駐車場や市営開智駐車場などの有料駐車場を使います。公式サイトで駐車場の満車・空車の状況を見ることができます。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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